タイの主力産業であるコメの生産が国際動向に翻弄されている。足元では降雨不足による干ばつ被害がほぼ確実となり、転作に伴う作付面積の減少もあって生産量は前年から減少する見通し。一方、インド政府が7月下旬に電撃的に発表したコメの輸出禁止策により、タイ産米の引き合いが拡大するという好材料も生じている。さらに他方で、国際的な需給量が逼迫するとの観測から買い占めが起こり、これが国内市場にも影響を与えるという事態も起こっている。主食の不安定化は国民生活のそれや他の食材、生活物資の価格上昇に直結する可能性もあり、政府は慎重な舵取りを迫られている。
タイ農業・協同組合省農業経済事務局の試算によると、2023~24収穫期の米の国内生産量は約2580万トンの見通しで、前年度から約3.3%、87万トン余り減少することが確実となった。5月から始まった今年の雨期の降雨量が平年よりも少なく、年末までまとまった雨が期待できないことが大きい。加えて、収量・収入の高い他の作物への転作も一部で進んだことから、作付面積も約1%減少し、約60万ライ(1ライは1600平方メートル)の水田が消失した。
昨年の収穫は好調で、輸出量も前年比22%余りも上昇し、769万トンとなった。かつては世界トップも経験し近年では世界3位に甘んじていたタイだったが、輸出量800万トン台が見えるところまで回復する見通しとなった。2位ベトナムとの差は数十万トン。翌年の収量アップとランキングの上昇が期待されていた。
ところが、折からのバーツ高などさまざまな要因から1カ月も立たないうちの下方修正となり、昨年並みの750万トンを軸に輸出予想量は今日まで乱高下を繰り広げている。うち、最も影響が大きかったのが、インド政府が7月下旬に発表したコメの一部輸出禁止策だった。
インドは国内需要の確保を理由に、7月20日付けで国民の多くが食用としている非バスマティ白米(香り米である高級品のバスマティ米でない低価格の白米)の輸出禁止を発表。直後には、もみ米の状態で蒸してから乾燥させたコメであるパーポイルド米についても20%の輸出関税を掛けることとした。この結果、コメの国際輸出市場からインド産の米の多くが消える事態となった。
これに恩恵を受けるとされたのが、輸出2位のベトナムと3位のタイだった。両国の政府や輸出業者は輸出拡大を目指し、有力な輸入国である中国やフィリピン、中東諸国などに働きかけを行った。一方、取引業者の中には禁輸に乗じて米を買い占める動きもあり、国際価格は次第に上昇。これがタイの国内価格にも転嫁され、このところのコメの1トン当たりの価格は、高級香り米(ジャスミン米)で前年同期比13%余り高い1万4200バーツ(約5万9000円)、白米に至っては20%強上昇し1万500バーツと急騰している。
ただ、インドの禁輸措置がいつまで続くかは分からない。ヒンドゥー教の催事が10月から11月にかけて集中しており、インド政府の措置はこの期間のコメの価格安定にあるとする見方もある。フィリピンなどでは国策としてのコメを買い占め始めた。干ばつ、減産、禁輸、買い占めなど複合的な要因に左右されながら、タイの今年のコメ市場も推移する見通しだ。(取材は9月下旬現在。つづく)