お悩み:私はベトナムでささやかな商売を営んでいます。妻がベトナム人なので、彼女の名前で会社を設立しました。私が社長で妻が経理担当という二人三脚です。そんな私のところに、「私もベトナムで起業したいのだが、外資ではなく内資の会社にしたい。あなたの奥さんのお名前を貸して欲しい」と依頼してくる人が後を絶ちません。いわゆる「名義借り」です。この手の依頼はすべてお断りしていますが、例外的に1社、お引き受けしたんですよ。それが間違いの元で、トラブルになっています。何か良い助言が頂けたら嬉しいです。(ハノイ在住・お人好しの壮年男性)
いつもなら断る「名義貸し」だが
そもそもあなたは、どうして名義貸しを了承したんですか。
──依頼してきたA社は、日本の私の地元では名の通った企業だったんですよ。私もメンバーである県人会の知人を通して「一度、お目にかかりたい」と打診を受けました。日本からハノイにやって来た同社の事業部長であるBさんから「我々の郷土の特産品をベトナムに輸出して、ベトナムの人にも楽しんでもらいたい。同郷の人間としてあなたにも力を貸して欲しい」と頼まれたんです。会社に対する信頼感、知人の紹介だという安心感、そして同郷の人間としての情にほだされて、お引き受けしました。
Bさんとは、それまでにも会ったことがあったんですか。
──いえ初対面です。今、振り返ると、個人的に存じ上げない方に名義貸しをしたのは、実に軽率だったなと反省しています。
A社の現地法人・C社の事業は順調だったんですか。
──スタートは予想以上に好調でした。現法の態勢はBさんが社長。しかし彼は日本法人での仕事があるので、現地の責任者として現地採用の日本人を社員として雇い、複数のベトナム人スタッフを採用しました。ところがそこに発生したのがコロナです。輸入したものを売りたくてもお店が営業できない。日本からの仕入れも難しくなりました。コロナが明けてから営業に力を入れたのですが、売上は増えず累積赤字は大きくなるばかり。結局、今年の8月にBさんから「会社をクローズすることにしました」という連絡を頂きました。
コロナは、本当にいろんなところに傷跡を残しましたね。
会社を閉鎖することになり驚きの真相が
──ところがそんな会社を「買いたい」という日本人が現れたのです。Bさんから「譲渡契約書ができたから、これに奥さんの署名をもらってくれ」とメールで書類が送られてきました。
譲渡契約書には出資者の署名が必要ですからね。
──それを見た私は驚きました。「C社の負債はすべて出資者が責任を負う」と書いてあるのです。私はすぐにBさんにこの条項の削除を依頼しました。するとBさんから、こんな答が返ってきたのです。
「この譲渡契約書は公的機関のウェブサイトで公開されているフォーマットに従って作成したものですから、変更はできません。この契約書を用意したのはベトナム人弁護士で、彼は『譲渡前に存在した負債は、出資者が負担するべきものです』と言っています」
それはおかしいですよ。株式会社が倒産して株価が0になったら、出資者は投資したお金をすべて失います。それに加えて倒産時に会社が持っていた負債まで、出資者に返済の義務を負わせるなんて、あり得ません。負債の責任を負うのは経営者、つまりBさんです。
──私もそう言って、譲渡契約書への署名を拒みました。するとBさんが雇ったベトナム人弁護士から「あなたが署名を拒否しているために譲渡が遅れている。その間にもC社には経費が発生しており、B氏は損害を被っている。すぐに署名しないなら損害賠償を求めて訴訟を起こす」という脅しのメールが届きました。
ベトナムで手続き関係のフォーマットを提供しているサイトとして私が知っているのは以下です。
https://thuvienphapluat.vn/
そこにある「譲渡契約書」のフォーマットを見ましたが、「会社の負債はすべて出資者が責任を負う」という文言はありません。Bさんの弁護士が付け加えたのでしょうね。
──思い余った私はA社の社長さん宛に手紙を書きました。Bさんの部署は社長直属だと聞いていたからです。社長さんからではなく、A社の担当者の方からメールで返信が届きました。それを読んで再びびっくりです。Bさんは数か月前に会社を退職していること、ベトナム事業はBさんの個人的な副業で会社は無関係であること、従ってA社としては何も関与する意志がないこと。そういった説明が書かれていたのです。メールを下さったのはBさんが責任者をしていた部署で、Bさんの後任の方でした。どうやら私は最初から騙されていたようです。
名義貸しの被害者は多い
厄介な問題に巻き込まれてしまいましたね。あなたも相談に乗ってもらえる弁護士さんを探すのが先決でしょう。私は法律の専門家ではありませんが、C社を閉鎖してしまうのがいちばん手っ取り早い解決方法だと思いますよ。奥さんは、名義を貸しただけとは言っても、法律上は出資者なわけです。会社を閉鎖する権限をお持ちのはずです。
──その手がありましたか。
次にBさんの弁護士からの「脅し」ですが、これはあまり心配しなくても大丈夫かと思います。「名義貸し」に関するトラブルを裁判所に持ち込んでも、なかなか取り合ってくれないでしょう。例えは悪いですが、麻薬を売った人が「買い手がお金を払ってくれない」と警察に駆け込んでも、相手にしてくれないのと似たようなもの。逆にBさんに不利な展開になるかもしれません。
──そうことなら脅迫に屈せず、「負債は出資者が責任を負う」という条項の削除を求め、「これが削除されない限り、譲渡契約書にサインはしない」と突っぱねたいと思います。
私の知り合いのベトナム人で、やはり日本人に名義を貸して人生を狂わされた人がいます。会社が赤字になって、経営者だった日本人は、多額の負債を残したまま、こっそり日本に帰国してしまったんです。いろいろあったのですが、結局、名義貸しをしたベトナム人は、全財産を失った上に、借金まで抱え込んでしまいました。あなたが、そういうひどい目に遭わないことを願っています。
夫婦円満が会社経営に欠かせない
──私は、「名義借り」をして会社を設立した日本人が、ベトナム人に裏切られて苦労をした例は、何度か耳にしたことがあります。私達とは逆のパターンですね。会社が儲かってきたら、名義人のベトナム人に会社を乗っ取られてしまった話も聞きました。
そういう危険性は、ご夫婦であっても無縁とは言えません。こんな事例があります。日本人男性が、ベトナム人奥さんの名義で会社を創業しました。奥さん名義で不動産も買っていたそうです。ところが離婚。その際に男性は「元・妻には名義を借りただけ」と主張して、財産分与を求めたのですが、訴えは棄却されてしまいました。
──私の場合、夫婦円満は安定経営の必須条件ですよ。夫婦喧嘩してしまうと、奥さんがへそを曲げて契約書にサインをしてくれなくなりますから。この手の話は、ベトナム在住の日越夫婦が集まるとよく出て来ますね。
中には名義借りのために偽装結婚をする日本人もいるそうです。法律相談を扱う日本のウェブサイトで、日本人女性が「自分の彼氏(日本人・日本在住)が、ベトナムで起業するために、ベトナム人女性(ベトナム在住)と偽装結婚していることが分かった。何とかならないか」と相談しているのを読んだことがあります。
──名義借りは「偽装結婚をしてもいい」と思うほど、メリットがあるんですね。
ただ名義貸しは、今後、取り締まりが厳しくなると思いますよ。現に近隣国のタイでは2024年5月に一斉摘発が行われ、「外国人98人や名義貸し容疑のタイ人37人などが逮捕され、15億バーツ相当の資産が差し押さえられた」と現地日本語メディアの『バンコク週報』が報じていました。
──ベトナムでも当局の取り締まりが行われるようになるでしょうね。
安易な姿勢での「名義借り・貸し」
──そもそも、夫婦でもない間柄で、「名義借り・名義貸し」が多く行われるのはなぜなんでしょう。
外資に開放されていない事業分野があるので、やりたい事業の内容によっては、内資または合弁を選ばざるを得ないのでしょう。内資は外資に比べて、会社の運営・維持が楽で、経費が少なくて済むというメリットもあります。会社を閉鎖するときの手続きも外資は煩瑣で、1年以上かかることも珍しくありません。
──B氏の場合は「簡単で安価」を理由に挙げていました。
「内資は簡単で安価だから」というだけの理由で名義借りをする日本人の中には、事業に対する姿勢に疑問を感じる人が多いですねえ。何かのきっかけでベトナムとのつながりができた人が、「ベトナムだったら楽してお金が儲けられそうだ」と思って、お金をかけずに名義借りをして起業。現地で日本人を雇って、実務はその人に担当させる。自分は月に1回くらい出張ベースでベトナムに行くだけ。そんな安易な姿勢で利益をあげようだなんて、世間をなめていますよ。
──ベトナムで事業をやっている人間は、事業相手の本気度をとても敏感に察知します。日本の持ち家などを処分して、背水の陣でベトナムに来て起業する人と、「ベトナムの事業がうまく行かなかったときのために」と日本に仕事や拠点を残してベトナムに来る人とだと、前者の人と組みたいと思うものです。名義を借りる・借りないという話とは別に、ベトナムで起業したいなら、真剣で真摯な姿勢で来て欲しいですね。
【エミダス博士】 ベトナム生活に関する雑学博士。 長年のベトナム暮らしで得た知識を元に、当地で暮らす方々が直面する様々な質問にお答えします。 難問・奇問、大歓迎。 知りたいことがあれば、 emidas-m@nc-net.vn まで。