製造業ニュース 2026年04月21日01:24

大野精工ベトナム、ホイアンに第二工場 二拠点体制が拓く次の成長ステージ

大野精工ベトナム、ホイアンに第二工場 二拠点体制が拓く次の成長ステージ

2013年にホーチミン近郊で操業を開始してから十余年。精密部品の単品加工を強みとする大野精工ベトナムは、2026年1月、ベトナム中部ホイアンで第二工場を本格稼働させた。今回の投資は、生産能力の単純な増強を目的としたものではない。ホーチミン工場とホイアン工場の役割を明確に分け、対応領域を広げながら、全国展開を視野に入れた体制づくりに踏み出している。日本品質をベトナムで実現してきた同社は、なぜ今、中部に拠点を構えたのか。その経緯と狙いを、大野精工社長の大野龍太郎氏と、現地法人である大野精工ベトナム社長のファン・ビン・ユーン氏に聞いた。

用地価格の高騰と立地の再考

第二工場建設の直接的なきっかけは、ホーチミン工場のスペース不足だった。将来の増産を見据えて拡張や移転を計画していたが、工業団地側の事情により計画はたびたび後ろ倒しとなった。その間に周辺用地の価格は急騰し、当初1㎡120ドル前後で進んでいた案件は、気づけば250ドルに達していた。

 「ホーチミンでの拡張は、現実的な選択肢ではなくなっていた」とユーン社長は振り返る。見直しを迫った要因は、用地条件や採算面の問題だけではなかった。北部ハノイで商談会に出展した際には想像以上の引き合いがあり、市場としての厚みも実感したという。一方で、南部拠点から北部へ対応するには距離があり、顧客側の利便性という点では課題が残った。加えて、中国企業との価格競争が激しさを増すなか、コスト面でより競争力のある立地を探す必要もあった。

 そこで候補に浮上したのが、ベトナム中部のダナン周辺である。ハノイとホーチミンの中間に位置し、南北いずれの顧客にも対応しやすい。将来的な全国展開を見据えるうえで、地理的なバランスの良さは重要な判断材料となった。

 この選択を後押ししたのが、ユーン社長自身のバックグラウンドだ。ダナン工科大学の出身で、この地域には土地勘や人脈があり、現地情報を把握しやすい立場にあった。

 「社長、一度ダナンを見に来てほしい」。その一言をきっかけに、大野社長も現地に足を運んだ。進出の検討にあたっては金融機関のコンサルタントにも同行してもらい、労務、インフラ、行政対応などを多角的に確認したという。

大野 龍太郎 氏(左)と Phan Bình Dương 氏(右)

 

「正直、不安がなかったわけではない。ただ、現地を見て話を聞くなかで、ここならいけると感じた」

 大野社長はそう語る。日本の商社がダナンに進出していたことも、将来性を測る一つの材料となった。南北の主要工業団地が高稼働となり、空港から遠い立地しか選べなくなりつつあるなか、新たな産業の受け皿として中部が注目される流れも視野に入れていた。

 こうして完成したホイアン第二工場は、「用地問題への対応」という枠を超え、ベトナム全土をカバーする次の成長段階に向けた戦略拠点として位置づけられている。

ホイアン工場は、2026年1月16日に正式に開所いたしました。

加工領域を分ける二工場体制の狙い

 二拠点体制の狙いは、生産能力の拡大そのものにあるわけではない。ホーチミン工場とホイアン工場で加工領域を切り分け、役割分担を前提とした体制を再構築した点にある。

 ホーチミン工場は、焼き入れやメッキを含む難加工や、高度なノウハウを要する案件を中心に担う。設備や技術の蓄積を背景に、単品加工や特急対応で強みを発揮してきた。一方、ホイアン工場はマシニングセンタによる生材加工を軸に、中ロットや数量のまとまった案件を受け持つ計画だ。

治具、機械部品、試作品、その他の受託加工を専門としています。

 「手で持てるサイズなら、何でもやる」。大野精工は、そうした姿勢で多品種少量・単品加工の実績を積み上げてきた。ただ、その延長線上では対応しきれない領域も次第に見え始めていた。とりわけ生材加工や数物では、選択と集中を進める中国企業との価格差が課題として浮かび上がっていたという。

 日本本社では、生材加工や数量のまとまった案件を中心に、中国へ外注している仕事も少なくない。これらの案件をベトナム側で受け持てないかという発想が、ホイアン工場の役割設計につながっている。生材・数物を担う拠点を明確に切り出すことで、設備投資や工程設計の方向性が定まり、価格面での競争力を高めやすくなる。

 もう一つの目的が、調達構造の分散である。「チャイナリスクを考えたとき、ベトナムをもう一段、強くしておく必要がある」。こうした認識も、中部に第二の加工拠点を設ける判断に影響した。

 役割を分けたうえでも、品質管理の考え方は共通だ。ホイアン工場にも三次元測定機などの検査設備を導入し、ホーチミン工場と同じ基準での品質管理を前提とする。拠点を分散させながらも、「日本品質をベトナムで」という姿勢は変わらない。二工場体制は、同社のものづくりを次の段階へ進めるための戦略的な再編といえる。

最新鋭の設備と熟練した技術者チームにより、高精度な加工を保証いたします。

日本市場を軸に広がる事業領域

 現在の売上構成は、日本向けが約50%を占める。残りはベトナム国内が約20%、欧米向けが約30%で、日本以外の市場も着実に広がってきた。加工内容は治具を中心としつつ、特定の業界に偏らず、多様な分野に対応している。

 ベトナム工場設立当初は、日本本社向けの仕事に注力する方針だった。しかし2019年に大野氏が社長に就任したことを機に、方針を転換する。「ベトナム市場での事業領域を広げることが、工場の力を底上げすると判断した」。そうした考えから、現地での営業活動に本格的に取り組み始めた。展示会への出展や紹介を通じて顧客開拓を進めた結果、この5~6年で取引先の構成は大きく変化した。

 ベトナム事業の苦労について尋ねると、大野社長はこう語る。

「ユーンさんが現地をしっかり見てくれているので、正直、それほど大変だとは感じていない」

 ユーン社長は、同社にとって最初の研修生だった。大学での成績が評価され、日本で学ぶ機会を得た人材である。日本での研修を終え、帰国するタイミングで、ベトナム工場設立の構想が具体化した。
 「ベトナムが親日的な国だという背景はあったが、それ以上に、人との出会いが先にあった。ユーンさんがいなければ、ベトナム進出は実現していなかったと思う」

 現地人材に対する評価も率直だ。大野社長は、ベトナム人の特徴として、手先の器用さに加え、仕事を覚えようとする意欲の高さを挙げる。日本での勤務経験を通じて成長のスピードは加速し、その成果は生産性や品質といった数値にも表れているという。

 こうした体制が整っていたことが、経営判断の幅を広げる土台となった。社長就任後まもなくコロナ禍に直面したが、それ以前から営業範囲を広げていたことが、結果として事業継続を支える要因となった。市場を分散させていたことで、特定の国や顧客への依存も抑えられている。

 人材育成の仕組みも、創業当初から一貫している。将来のリーダー候補は日本本社に2~3年赴任し、現場での実務を通じて、日本のものづくりの考え方や仕事の進め方を身につける。その経験を踏まえてベトナムに戻り、次世代を率いる役割を担っていく。

 大野社長は、ベトナム事業の将来をこう描く。

 「10年後、20年後には、ベトナムがグローバル展開の中心になる可能性がある。将来、日本がベトナムから仕事を受ける立場になることもあり得る」

 ベトナムを単なる生産拠点にとどめず、営業や事業展開の中核へ育てていく考えだ。

 ホイアン第二工場は、その布石にほかならない。二拠点体制を軸に、同社は次の段階へと動き出す。稼働率向上に向けた自動化、新たな製品開発、欧米市場への本格展開。人を育て、役割を整理し、拠点を広げる。大野精工ベトナムの挑戦は、新たなフェーズに入った。

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Ohnoseiko Vietnam Co., Ltd ベトナム大野精工有限会社 

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