市場調査 2026年06月30日10:02

ベトナム製造業の 労働集約型から生産高度化への転換点【後編】

構造転換期にあるベトナムの労働市場は、いま大きなパラドックスに直面している。伝統的な労働集約型産業が人件費の上昇に直面する一方で、高付加価値製造業では技術系人材の不足が深刻化している。

ベトナム製造業の 労働集約型から生産高度化への転換点【後編】

自ら考え、動ける人材へ

構造転換期にあるベトナムの労働市場は、いま大きなパラドックスに直面している。伝統的な労働集約型産業が人件費の上昇に直面する一方で、高付加価値製造業では技術系人材の不足が深刻化している。国内企業は、有給インターンシップ制度を導入する外資系(FDI)企業の動きに加え、日本や韓国への人材流出も重なり、人材確保をめぐる競争にさらされている。

ベトナム製造業の変化は、技術や設備の導入にとどまらず、工場内の人材配置や組織運営にも表れている。人件費の上昇、短納期化、生産の多様化・複雑化が進む中、企業に求められるのは「人数の確保」ではない。「適材適所」を実現し、連携の取れたオペレーションのもとで業務を回す組織力である。

金属加工、部品製造、組み立てまでを多工程で手掛ける日新電機ベトナムの事例は、この傾向を如実に示している。同社は多品種中小量生産モデルを採用し、1日あたり3,000〜5,000枚の図面を処理している。その多くが新製品であり、材料、工程、生産数量、納品形態が変動する。こうした環境では、見積り、資材調達、生産計画といった各部門の連携が欠かせない。成否を分けるのは、「十分な労働力」や「設備の有無」ではなく、組織全体の運用能力にある。

こうした変化は、工場の管理職や技術系人材の役割にも表れている。前出のグエン・チー・フン博士によると、工場へのテクノロジー導入における最大の障壁は、コストではなく「人」、とりわけマネジメント層にある。現場のどこに改善余地があるのか、どの技術が適切か、システムインテグレーター(導入ベンダー)とどう連携し実装するか。これらを判断し、方向づけるのが管理職であるためだ。この点は、製造業の人材ニーズが、単なる直接労働者(現場の作業員)の確保から、現場を組織し、監督・調整し、変革を主導する役割へと移っていることを示している。

教育機関の視点では、グエン・ドゥック・タン博士は、現在の変化は単純労働者の減少と技術系人材の増加にとどまらず、工場における「仕事の本質」そのものの変化にあると指摘する。企業が求めているのは、従来の職業スキル(職人的な手先の技術など)だけではない。デジタルリテラシーや自動化システムを扱う能力、分析力と問題解決の思考力を備えた人材である。

現場では、技術者に対し、機械操作に加えて、PLC(プログラマブルロジックコントローラ)やSCADA(監視制御システム)といった制御システムのデータを読み解く力が求められている。

同氏はさらに、教育現場での人材育成と企業ニーズの間にあるギャップが、主に以下の3点に集約されると指摘する。

  1. 設備の遅れ:学校の教育用設備が、現場の生産テクノロジーに追いついていない。
  2. 実践の不足:実際の生産現場に即した実技の機会が限られている。
  3. ソフトスキルの欠如:チームワークに加え、製造現場における規律や心構えの指導が十分でない。

日新電機ベトナムのアプローチは、人材育成への考え方の変化も示している。同社が重視するのは、手先の技術や規律だけではない。業務での「自ら考える力」の育成である。原因の分析、思考プロセスの言語化、状況判断、複数工程にまたがる課題の関連づけが求められる中で、「作業手順」の習得だけでは足りない。「なぜその作業が必要か」「同様の問題が生じた際にどう対処するか」を、従業員自身が理解する必要がある。労働者に求められる役割は、「指示通りに作業する」段階から、「業務の本質を理解し、周囲と連携し、変化に対応する」段階へと移りつつある。こうした方向性は、ベトナムの製造企業全体に広がっている。

こうした背景を踏まえ、グエン・ドゥック・タン博士は、企業は教育機関が人材を育成するのを待つのではなく、育成プロセスに関与すべきだと指摘する。具体的には、ラボや実習設備への投資、実践的なカリキュラム構築の支援、インターンシップの受け入れ、卒業基準の設計などが挙げられる。教育現場と労働ニーズの隔たりを縮める手段として、「企業が学校(教育現場)に入り込む」モデルの必要性を強調している。

総じて、現在のベトナム製造業における人材面の変化は、以下の3点に集約される。

  1. 単純労働からの脱却:企業は単純労働力への依存を減らし、複雑化する生産環境に対応できる人材への需要を高めている。
  2. 現場マネジメント層の重要性の高まり:エンジニアや技術者(テクニシャン)に加え、現場の管理職が担う役割が大きくなっている。
  3. 人材育成の戦略化:教育やトレーニングが研修の枠を超え、企業の生産戦略の一部として位置づけられている。

企業が直面する課題は、「必要な頭数を揃えること」ではない。システムを運用し、新たなテクノロジーを取り入れ、次世代の生産モデルに適応できる「強靭な組織(チーム)をいかに構築するか」へと、焦点が移っている。

いかに高付加価値を生み出すか

ベトナムの労働構造の転換は、もはや「将来の予測」ではない。市場データや政策方針、企業の生産体制の再構築といった形で、すでに現実のものとなっている。若く豊富な労働力とコスト競争力で際立っていた従来の生産拠点から、新たな発展段階へと歩みを進めている。そこでは、生産性、人材の質、自動化の度合い、そして「より付加価値の高い工程に参画する能力」が、成否を分ける。

日本企業にとって、これはベトナムを低コストの工場と捉える段階が終わったことを意味する。今後の競争力を左右するのは、テクノロジーへの投資、技術系チームの構築、社内トレーニングの強化、そして現地の産業・教育基盤とどのように連携するかである。ベトナムという投資先の魅力が失われたわけではなく、その中身が変わっている。企業が自らに問うべきは、「ベトナムはまだ安いのか」ではない。「ベトナムで、いかに高付加価値を生み出すか」である。

専門家プロフィール

グエン・チー・フン 博士

精密機械工学研究 株式会社(RPMEC Automation)取締役

メカトロニクス分野の博士号を有し、製造ソリューションの研究開発および現場への実装において豊富な経験を持つ専門家。ロボットや協働ロボット(コボット)を活用した自動化の推進を専門とし、これまでに外資系(FDI)企業、国営企業、民間企業で多数のシステム改善プロジェクトを主導してきた。同氏が率いるRPMEC Automationは、ハノイ工科大学を母体として1985年に発足し、2012年より株式会社として事業を展開している。自動化ソリューション、人材育成、油圧機器の提供を手掛けるほか、ベトナムにおけるDobot Robotics社の正規代理店も務めている。

Tel: 0974-041-888  Website: www.rpmecbk.com  Email: rpmecbk@gmail.com

 

グエン・ドゥック・タン 准教授・博士

ドンア工科大学 企業連携担当 副学長

ベトナムの高度人材育成を牽引する専門家。ベトナム文化・スポーツ・観光省における20年以上の行政キャリアに加え、高等教育機関においても長年にわたる指導・管理実績を持つ。現在はテクノロジー、工学、医療、経済など多岐にわたる学群を擁し、約2万人の学生が在籍する有力な総合大学、ドンア(東亜)工科大学の副学長を務め、企業連携を統括している。

Tel: 0989-242-468  Website: https://eaut.edu.vn/  Email: tuyensinh@eaut.edu.vn

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